第15回ホノルル・フェスティバル 【 特別インタビュー 】

第15回ホノルル・フェスティバル 【 特別インタビュー 】

『天守物語』を自らの10年のライフワークとして、これからもハワイで続けていきたいという、女優 松坂慶子さん。海外で暮らす一人の母としての思いから、日本の文化を世界の人々へ伝えるためのものへと、どんどん大きくなっています。ハワイでの1年目の公演となる第15回ホノルル・フェスティバルでのステージを終え、お話をおうかがいしました。

— まず、この『天守物語』を始めたきっかけを教えてください。

keiko04私の子供がまだ小さい頃、ニューヨークで暮らしていまして、歌舞伎のようなアカデミックなものの公演は日本からも来て見ることができたのですが、小さい子供を持つ母親としては、みんなで日本の雅でやさしいおとぎ話みたいなものがニューヨークでも見られたらいいなぁと思っていたんですね。それで、作家の泉鏡花(いずみ きょうか)さんの『天守物語』という作品がとても好きだったので、それがそういう風になっていかないかしらって考えていたら実現したのです。

10年くらい前になるのですが、ニューヨークのジャパン・ソサエティーで『天守物語』を朗読と音楽のパフォーマンスでやらせていただいたのが最初でした。
その後、日本のサントリーホールで朗読会をして、それから、『大田楽』をお作りになった狂言師の野村万之丞(のむら まんのじょう)先生がお芝居にしてくださって、渋谷のセルリアンタワーにある能楽堂でやったりしました。
それで、去年、もう一度再構築して、今度は市民参加の朗読芝居という形で『天守物語』を作りました。NHKのエグゼグティブディレクターでいらっしゃる黛りんたろう(まゆずみ りんたろう)先生が、万之丞先生と学校時代のご親友だったということもあって、演出を引き受けてくださって新しい形での楽劇 『天守物語』ができたのです。そして、これから、これを日本でも10年、ハワイでも10年続けていきたいと思っているところです。

— その1年目となったホノルル・フェスティバルでのハワイ公演の印象はどうでしたか?

keiko01ハワイ コンベンション センターのとても広い空間に、椅子を1000席以上用意していただいて、皆さんが集中して見て下さったので、演ずるほうも集中して演じることができました。
今回の『天守物語』は30分という短いバージョンだったのですが、かえってテンポが出たように思います。それから、日本語がわからないお客様もいるということで、それぞれの役のキャラクターが言葉だけに頼らず表現することを心掛けました。そのことで作品に膨らみがでて、手ごたえも感じられました。
演出の黛先生からも「今までで一番よかったです」ってお言葉をいただきました。ハワイで公演させていただいて、『天守物語』がまた熟成して前進したという感じがしました。

また、今回は、ハワイから参加の方と日本の山代、伊東、高崎、京都から来て下さった方たちがいて、その方たちの交流もできました。皆さんから「ずっと続けて下さいね」、「明日からまた練習します」って言っていただいて、想像以上に手ごたえがありました。
皆さんの「一緒に手を取って成功させよう」という前向きな気持ちが、今回の大きな成功をもたらしてくれたと思います。これもハワイのパワーかなと皆で話しているんですよ。

それから、たくさんの時間を使って見えないところで協力してくださったハワイの皆さんのボランティア精神にも感謝してます。それがあったからこそ、ハワイでの公演ができたと思っています。

— 今回、娘さんと共演されましたが、いかがでしたか?

1000人以上のお客さまを前に大きな舞台でやらせていただいたということは、本人達にとっても、とても光栄なことで、こういう形で文化交流をさせていただいたことは本当にいい経験になったと感謝しています。

keiko02娘の百音(もね)と麻莉彩(まりさ)は、『天守物語』では侍女役で、『大田楽』では、私が巫女(みこ)役をするんですが、私と一緒に神様に捧げものを持っていく役で出させていただきました。
当初は家族ぐるみで『大田楽』に出られたらとても素敵だなと思って、黛先生に「台詞も一言ぐらいしか言えないと思うし、それで十分なので、よかったら娘二人も出してあげてください」ってお願いしたんですね。そうしたら、台詞をたくさんくださいまして、侍女役で一緒に舞うシーンも作ってくださって・・・ 私はもう、その大変さにびっくりしてしまいました。できるのかしらと思って。

やはり最初は子供たちもお稽古が大変で泣いてしまったりしてましたね。自分でできないのが歯がゆかったりしたみたいです。でも一ヶ月ぐらいお稽古していくうちに声も出るようになって、今ではこうやって一緒に舞うこともできるようになって。子供たちも、ひとつ乗り越えたっていう感じがありましたね。

— お子さん達と『大田楽』や『天守物語』の練習についてお話になることはあるのですか?

私は子供には甘い親で、『篤姫』の幾島みたいにはできなくて(笑)。 留守にすることが多いこともあって、子供たちにはあまり厳しくなかったんですよ。でも、これらをやったお陰で、宿題があっても、試験があっても、5分でも、イメージトレーニングだけでもいいから毎日やりなさいって言うようになりました。別に上手いから感動するということではなくて、上手下手より毎日一生懸命練習してきた誠意が出るのだから、毎日やりなさいって。母と子という関係の他に、もうひとつ芸事を通じてそんなことを言う機会が持てて、我が家も楽しくなりました。

— 今回の公演で “本物” を見て頂きたいとおっしゃっていましたが、公演を拝見して、それは衣装からも伝わってきました。

ありがとうございます。よかったです。衣装って本当に大事なんですよね。どういうことが表現したいのかっていうのがそれに込められていますから。衣装も日本で大きな仕事をやってらっしゃるような方が担当して、コーディネイトしてくださっているんです。

— 本当に “本物” の方がされているのですね。

keiko03そうなんです。私の尊敬する大好きな方たちが関わって下さっています。ビジネスとしてではなくて、こういう文化交流のために、「心」と「心意気」で集まってくださった素晴らしい皆さん達です。ビジネスだったら、これだけ一流の方たちが集まるというのは難しいくらいです。製作費もすごいと思うんですよ。

今回は特に人間国宝の和泉流狂言師 野村萬(のむら まん)先生が公演に一緒に来てくださったので、本当に気持ちが高まりました。それから、野村万蔵(まんぞう)先生。万蔵先生と一緒の舞台に出ると、本物の古典が揺ぎなくあって、すごく身の引き締まる思いがすると同時に、得したなっていう気持ちがするんです。本物の古典の方と一緒にやらせていただけるということは、300年という本物の古典がそこにあるということなので、私たちも安心して伸び伸びとできるのです。市民参加の方たちも本物の狂言師の方と一緒にやってみて、何か感じることがあったと思いますよ。

狂言のような古典の世界の場合、先祖代々続いてきて、これからも続けていくということで、人を大事にしています。そういうのも、とても素晴らしいことだと思うのです。

— 何かひとつのことを極められている方がいらっしゃると、空気が変わる感じがしますね。

私のようなプロでさえ、万蔵先生と一緒の板を踏むっていうことはすごく光栄なことです。
私のいる芸能の世界と萬先生や万蔵先生のいる芸能の世界は、同じ芸能と言ってもその在りようが違うと思うのです。狂言のような古典芸能には揺るぎないものがあります。剣道とか、柔道とか、茶道のように“道を究めている” と言いましょうか。ですから、狂言の方と一緒だと、道を極めるように静か~な気持ちになって、気持ちがあらわれてきます。万蔵先生に振り付けをしていただいていると、気持ちが澄んでくるのです。『大田楽』で万蔵先生と一緒にいる時間というのは、私にとって心の支えや心の浄化になっています。

— ところで、今回の公演でご苦労されたことなどはありましたか?

今回の公演にあたっては、野村萬先生が理事長をされている非営利団体のACT.JT(アクト ジェイティ)の赤坂さんという方がプロデュースしてくださっていて、いろいろご苦労があったと思います。
良い公演にしようとすると、楽器も大きいのがいいとか、あれもこれもとなってしまうんですが、飛行機に乗せるので、「ジュラルミンのケースに入る大きさにしてください!」って(笑)。実際問題そうですよね。
そうすると、今度はいろいろと知恵を働かせて、「じゃあ、太鼓とハワイのイプ(大きなひょうたんでできたハワイの打楽器)とでコラボレーションできないか」とか、皆でいろいろ知恵を絞ってみたり。それも楽しいのです。

keiko07日本でもその土地のものを用いたりします。例えば、石川県の山代温泉では、三本足のカラス「やたがらす」が温泉を見つけて町が栄えたということで、カラスのお面をつけたり、静岡県の伊東では椿が有名なので椿の花をつけたりします。

今回はハワイということで、私はハイビスカスの花を髪に飾って、『大田楽』の皆さんもティーリーフを付けようって。このくらい熱心に本業の女優のほうもやってたら、もっといい女優になったわねって言って皆で笑っているんですよ。

— これからのイメージみたいなものはありますか?

keiko06継続することが本当に大事だと思っています。今回、ハワイの方達が『大田楽・天守物語』を面白いと思って下さったこと、踊って下さった方たちが、楽しいし、続けたいと思ってくださったことが本当によかったと思っています。それがなかったら何も続かないので。

日本でもいろいろな所で、市民参加で皆さんが踊ってらして、もう10年続いているところもあるんですよ。『大田楽』の仲間を「わざおぎ」と言うのですが、ハワイの皆さんも『大田楽』の踊りをすっと覚えていらっしゃるし、楽しそうなので、“ハワイのわざおぎ” もできてくるといいなぁって。

これが結構、地域の活性化だったり、親子の絆が強くなったりするんですよ。それから、ご近所とかね。お子さんが出てるときは「見たいだろうから私が店番してるわ」みたいな横のつながりとか。
「お祭」というか「祭典」ということで、日常をちょっと横に置いておいて、皆が手に手を取って仲良くなれるのです。 『大田楽』が一つの楽しみになって、地域の結びつきが強くなったり、家族間でもおじいちゃんからお孫さんまでもが結びついて絆が深まったり、とても良いことだと思います。日本ではそうやって育っているので、ぜひハワイでもと思っています。

— ぜひ、これから10年、ハワイでも続けていってください。ハワイの人たちにとっても日本の文化にふれられるとても良い機会になると思います。今日はありがとうございました。

Performers of Daidengaku and Tenshumonogatari Those on the left of Keiko Matsuzaka are Kyogen Masters Man Nomura and Manzo Nomura. Producer Rintaro Mayuzumi is on her right.

『大田楽・天守物語』の皆さん。
松坂慶子さんの左側にいらっしゃるのが狂言師の野村萬さんと野村万蔵さん、そして右側が演出の黛りんたろうさん。