第25回 開催日は2019年 3月8日から10日です!
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エデュケーショナル・スクール・ツアー

2016年(第22回)

第22回ホノルル フェスティバル初日を迎えた、2016年3月11日(金)、 子供達の教育を目的とした「エデュケーショナル・スクール・ツアー」がハワイ・コンベンション・センターで行われました。 このツアーは、ホノルル フェスティバルの舞台裏を見学する、ローカルの学生を対象としたもので、毎年、多くの生徒達が異文化と触れ合う素晴らしい機会となっています。 ホノルル フェスティバル財団は、フェスティバルの開催だけでなく、この教育プログラム(エデュケーショナル・スクール・ツアー)を通して、ハワイのコミュニティーと子供達に学習できる場を提供しているのです。 今年のホノルル フェスティバル・サブテーマは、“文化交流、平和への道”。 「エデュケーショナル・スクール・ツアー」は、次世代を担う若者のために、このテーマをまさに具現化したものと言えるでしょう。 9:00amを回る頃、ハワイ・コンベンション・センターには続々とローカル学生が集まってきました。 会場入り口には、ホノルル フェスティバル・アートコンテスト作品が並び、彼らを迎え入れていました。 今年は、オアフ島内の幼稚園~高校生まで13校の生徒達約830名が集まり、また世界各地からは20を超えるアーティスト・パフォーマンス団体が、それぞれの文化・伝統を伝えるべく参加しました。 生徒達は、フェスティバルスタッフや黄色のTシャツを着たボランティアのガイドのもと、少数グループに分かれ、会場内を廻りました。 -日本の文化- ハワイでは日系アメリカ人が多いこともあり、中でも日本文化にたいへん興味を持つ子供たちがたくさんいます。和太鼓を体験したり、書道に挑戦するなど、過去のエデュケーショナル・スクール・ツアーを振り返っても、日本伝統文化は大人気です。 そして、今年の教育プログラム参加団体の中でも、存在感を存分に発揮していたのが、 東京都桜丘中学・高等学校の生徒達です。10組に分かれたブースで、様々な日本の伝統文化を彼らの目線から伝えました。 英語を使って一生懸命説明しながら、コミュニケーションを図っていました。 3組は、切れのある動きで殺陣(たて)を披露。 華麗な太刀捌きにローカルの学生は大喜び。自分もやりたくて仕方がありません。 サムライ気分を満喫できたようでした。 紙芝居や日本の人気アニメの紹介や、 相撲などの日本国技や伝統芸のプレゼンテーション。 箸の使い方・マナー講座も行われました。 時間内にいくつお豆を移動できるかのゲームも行われ、カウントダウン終了間際は大盛り上がり! 焦って豆をお皿の外へ飛ばしてしまう姿も。 そして、日本の昔懐かしい遊びが満載です。 ハワイでも一時人気を博したエキサイティングなけん玉や、それとは対照的に落ち着いて丁寧に行う折り紙、 はたまた、縁日や祭り事、正月の遊びで見られる射的や福笑い、輪投げ、コマ回しにお手玉、羽子板、だるま落としまで。 プロのパフォーマー(大人)との交流・学びとは違い、年の近い彼らとの触れ合いは、 ローカルの学生にとって、より馴染み深いものとなったはずです。 -大人たちが伝える日本- とは言え、大人達だって負けてはおりません。 大人には大人の知識と経験、教え方というものがあります。 彼らだからこそ、深く伝えられるということが十分にあるのです。 -世界の文化- ハワイ以外の各国からの参加団体もいらっしゃいます。 今年なんとイタリアから初参加、 パフォーマンスで大注目のザ・フラグ・ウエーバズ・フロム・ファエンザです。 中世のユニフォームを着てファエンザの旗、5つのグループの色、白・黄色・黒・赤・緑を振り演技しました。 ファエンザの旗持ちとミュージシャンはイタリアで最も優秀で、古代の旗ゲームのイタリアチャンピオンとして30以上のタイトルを獲得しているのです。 空気を切る旗の音と、時折、宙高く放り投げられ、見事キャッチするそのパフォーマンスに、学生たちは目を輝かせていました。 こちらは、オーストラリアの”JARAN アボリジナル アンド トレス ストレイト アイランダー ダンスカンパニー“ 迫力の長い筒の楽器は、ディジュリドゥ(Didgeridoo, Didjeridu)と呼ばれます。 オーストラリア大陸の先住民アボリジニの金管楽器です。木製ですが、発音原理から木管ではなく金管楽器に分類されるのだとか。 オーストラリアからはもう一団体、ワガナ・アボリジニ・ダンサーズが参加し、 ダチョウの動きを模したコミカルなダンスで盛り上がりを見せ、 その他、昨年に続き、済州大学の海女さん講座や台湾ダンスでも交流を深めていました。   全体を通し、体験する学生達の楽しそうな笑顔がとても印象的でした。 学ぶのは、生徒達だけではありません。 文化交流とは、決して伝える側からの一方通行なものではないのです。 文化を伝えるパフォーマー・アーティスト、参加団体側も、子供達から教えられること・気づかされることがたくさんあるでしょう。 どのように感じ取るのか、どのように伝えれば楽しく分かり易く興味を持ちやすく出来るのか。こんな所に疑問を持つものなのかと。 純粋な心からの見方が盛りだくさんなのです。 これが、異文化・世代を超えた交流の醍醐味と言えるでしょう。 平和とは何か、世界平和のために何が出来るのか。 異文化交流を楽しく体感しながら、若者の心に世界への興味と平和への意識が生まれたことを期待しつつ、 彼らの成長を楽しみにしたいと思います。

シンポジウム02 シンポジウム

シンポジウム「日系移民の歴史から平和を考える-プランテーションから真珠湾まで」

2016年(第22回)

2016年3月12日(土)14時~16時、2時間にわたりハワイ・コンベンション・センター3F #301にて、シンポジウムが行われました。 今年は、「日系移民の歴史から平和を考える-プランテーショから真珠湾まで」と題し、 “日系移民と平和”をテーマとしています。 会場は、例年にも増して、スタート前の早い時間から観覧席が一気に埋まりました。皆、注目のテーマのようです。 日米協会会長で、前ホノルル フェスティバルスポークスウーマンでもあるレニー・ヤジマ氏の司会進行のもと、シンポジウムは今年も2部構成で行われました。 【セッションⅠ】は、ハワイ大学教授のデニス マサアキ オガワ氏による“日系人の歴史”についての基調講演、そして【セッションⅡ】では、『持続的平和』を巡ってのパネルディスカッションです。   【セッションⅠ】-日系人の歴史について- 日本からハワイへの官約移民は、1885年(明治18年)に始まりました。プランテーションで生計を立て苦労が多かった移民達ですが、第二次世界大戦がはじまり、1941年の真珠湾攻撃では多くの日系人が日系人強制収容所へ送られました。 このシンポジウムでは、これまでの歴史を振り返り、平和への道を考えるのです。 ハワイ大学教授のデニス マサアキ オガワ氏です。 ハワイの日系1世 “後藤濶(ごとう かつ)”氏の話をゆっくりと語り始めました。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 後藤濶氏は、日系移民の中でも特に早い時期にハワイに来た人物です。 サトウキビのプランテーションで働くためにハワイに来た方々の一人でした。 アメリカ・ハワイの歴史と共に、後藤濶氏が生きた当時の時代背景をお伝えしておきましょう。 アメリカ早期の歴史は北東の地、フィラデルフィアやボストンから始まりました。人口の推移というのは徐々に広まっていくもの、ゆっくり西部に広がっていったと思われがちですが、それは違います。 「金」が発掘されたのです。 西へ西へと、急激な勢いでどんどん人々は金を堀に行ったのです。 そして、ハワイもこの流れに乗ることになります。 当時アメリカでは南北戦争がありました。 その時、南が戦地になっていたため砂糖が不足していました。もちろん、西海岸に辿り着いた人々は、ハワイのサトウキビにも目を付けます。 サトウキビを栽培するにはプランテーションが必要ですし、土地も必要です。 1850年頃には、人々はハワイの土地を取得するということに非常に興味を持つようになりました。 ですが、プランテーションを運営していくには労働力が必要です。 それは、ただの労働力ではなく、低賃金で働いてくれる労働者です。 当時、ハワイの振興というのは衰退の一途を辿っていました。 そのため、ハワイのプランテーション経営者たちは、外から労働者を呼び込む必要があり、世界各地から約40万人もの労働者を集めてきたわけです。 その中で、なんと15万人を締めたのが日本人でした。 フィリピン12万、中国5万人、韓国も多くはないが8,000人来ました。 日本人は3年契約という条件でハワイに来ていました。その労働状況はとても過酷なもので、賃金は劣悪、プランテーションで儲けられる人たちは本当にごくわずか、その他は生活もままならないという状況が続きました。 当時のハワイの内訳は、白人が7%、残りの93%が白人以外でした。 巨万の富と貧困、という大きな格差が存在したようです。 そこには、また、経済的な格差だけでなく、人種的な差別もあったと言います。 7%の白人はお金持ちというだけでなく、権力を持ちハワイの全てを牛耳っていました。 政府、物流、経済、そして神をもコントロールしていたのです。 彼らは、頭も良く、人術にも長けていました。 労働者をうまく使わなければ、ちゃんと働いてもらえません。 プランテーションのオーナーでもある白人はある戦略を使いました。 人種毎に管理し、居住地を分け、団結して歯向かって来ないようにしたのです。 そして、賃金に格差をつけました。 中国人は日本人より50¢多くもらう。 日本人はフィリピン人より50¢多くもらう。 日本人は中国人より少ない不満はあるものの、フィリピン人よりは多い。 その優越心理を利用したのです。 後藤濶氏はまさに、ハワイのこういった状況で生活していたのでした。 彼が第一陣の船で到着したのは、ハワイ島のハマクアという地域、当時23歳でした。 3年間の契約任期を終えた頃、多くの日本人は帰国したが、彼は残ることにしました。 そして、商店を開きました。 後藤濶氏はとても勤勉に働きました。そして、お店も成功していました。 彼は、人種に関わらず公平な価格で商品を販売し、お客を信用しツケで買うことも許していたからです。また、彼はハワイにずっと暮らすつもりだったので、非常にまじめに英語を勉強し、とても上手な英語を話すようになっていました。周りの労働者たちは、英語が話せませんでした。ですので、何か困ったことがあると必ず彼のもとを訪れ、とても頼りにしていました。 しかし、他の商店は、プランテーションオーナーが経営していたため、商売敵の彼は嫌われ、憎まれていました。“出る杭は打たれる”。プランテーションオーナーはお前を殺してやると脅します。しかし、彼はその後も他の労働者たちを支え続けました。 1889年10月29日。 ハワイにきてから4年が過ぎた頃のある朝、後藤濶氏は、電柱に首をつられた状態で発見されたのでした。そこは、ホノカアの街。リンチでした。 ホノカアの街の近く、ハマクアの浄土院の墓地に亡骸は埋葬されました。 後藤濶氏にはフミコさんという姪が居ました。彼が亡くなった時、彼女は日本に戻っていました。彼女が再びハワイの地に足を踏みいれた時、自分の叔父がどのような死を遂げたのかを知ることが出来ました。彼女は叔父の死を聞いた時、怒ることはなかったそうです。 彼女は、ホノカアの墓地を訪れました。お墓は朽ち果て、見る影もない状態でした。 そして、お墓を立て直す決心をし、御影石で綺麗な墓を作りました。 さらに、怒りに燃える代わりに、叔父の人生を讃え、物語を伝えて行こう、皆が平和な社会を作れるようにしよう、とエネルギーを注いでいきました。 その後、彼女は、日本で日米交流基金を作りました。そこで奨学金を出して、若い者たちがハワイに来て平和を学ぶことが出来るように、そして日本の文化ももっと理解し日本との緊密な関係を作るにはどうしたら良いのかを学べるようにして行きました。 彼女は後藤濶の死をもっと意味のあるもの、将来につながるものにしていったのです。 「過去のことを語り継ぎ、偉業を讃え、将来に貢献できるように」という方向に、さらに言うなれば、この悲劇を基に、相互親善が行える方向に舵を取ったのでした。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ そして、デニス マサアキ オガワ氏は、以下のように彼の物語を締めくくりました。 「現在、後藤濶氏は亡くなり、姪のフミコさんも亡くなりました。 けれども、ホノカアには彼の記念碑が建っています。もしハワイ島に行ったらホノカアの記念碑を訪れてみてください。とてもきれいなので見逃すことはありません。屋根には400枚の綺麗なタイルがひかれています。2本の木造の柱に支えられています。記念碑には、文字が日英両語で書かれています。2本の柱ですが、一本はハワイのオヒアの木の柱、もう一本は日本からのヒノキの柱です。そして、その下の礎(いしずえ)は、ワイピオ渓谷から取り寄せた石になります。もう一つの壁はハワイ島の花崗岩が置かれています。この記念碑そのものは、ハワイと日本の強い絆を示しています。今回のホノルル フェスティバルのテーマ、”平和と調和を築く”と全く同じことだと思います。」 『今のお話を聞いて、新しいことを知った、勉強になったという方は是非挙手を』と司会から促すと、会場は、たくさんの挙手と大きな拍手で包まれました。 セッションⅠの終わりには、“ハワイ日系人強制収容所の知られざる歴史”について、ハワイに存在したホノウリウリ強制収容所の様子が動画で紹介され、過去の悲劇を認識することとなりました。ホノウリウリ跡は、約1年前にオバマ大統領により国定史跡として認められています。   【セッションⅡ】持続的平和を考える – 日系人移民の物語から 続いて、【セッションⅠ】の後藤濶氏の物語を踏まえ、壇上に控えていた ハワイプランテーションビレッジ ドーセントのケネス・カネシゲ氏、 元ハワイ州知事のジョージ・アリヨシ氏、 アロハ豆腐社長ポール・ウエハラ氏、 そして、モデレータを務める日本文化センター専務理事キャロル・ハヤシノ氏 がそれぞれの意見を述べました。 1世、2世の方々の働き、そして犠牲が、今の私たちの生活にどれだけ役に立つものだったのかと染みじみと感じさせられると感想を述べると共に、彼らの口から出た言葉で、未来の平和に繋ぐ共通のキーワードがありました。 それは、「価値観」。 キャロル・ハヤシノ氏は、 受け継いできた価値観の文化的なものとして、「おかげさまで」「我慢」「がんばれ」「しかたがない」といったワードを上げ、『こう言った考え方は、歴史の荒波をくぐり抜けてきた日系人の支えとなってきた』と述べ、 ジョージ・アリヨシ氏は、 ハワイにはとても重要な価値観がある。それは、「恥」という価値観。どういうことかというと、自分の親しい方々、家族や大事な人々に恥をかかせない。迷惑をかけない。それを小さなころから聞かされていたようで、ハワイで育ち、このような価値観を身に付けたのだそう。 『この価値観と共に、皆様の住むそれぞれの場所で皆さんが出来ることをやってもらいたい。それぞれが出来ることやるべきことをやれば、日本やアメリカ、その他の国を繋ぐより良い未来に繋がっていく。』 と語り、自らが歩んできた個人的な背景を基に、未来へのヒントを与えてくださいました。 ポール・ウエハラ氏の言うハワイの価値観は、「共に協力すること」、「一生懸命働くこと」、「お互いの信頼関係」。それは、主に日系の会社、家族に共通してみられ、口で言うよりも態度で示すもの、と親たちから伝えられてきたものでもあります。 『教わってきた価値観というものが、私たちの家族だけでなく、アロハ豆腐の中にも浸透している。そして、今や社風となったこの文化をこれから次の世代にどう渡していくか、どう受けついでいくかが課題』と語りました。 また、ケネス・カネシゲ氏は、セッションⅠの講演中にあったプランテーションでの労働環境を例にあげて価値観を説きました。 『人種を管理する側からのメッセージもあった。 みんなで交わって仲良くしなさいとうよりも、元々の技術を大事にしなさい。自分たちの価値観を崩さず後世に伝えていきなさい。というような奨励するやり方だったかと思います。 結果的に考えると、日本人であること、日本人の価値観を非常に強く打ち出していったこととなります。例えば真珠湾の攻撃があった時期には、日本の仏教のお寺がハワイには150あった。日本語学校も180あったと言われています。非常に日本的文化、そして価値観というものが奨励されていたわけです。申し上げたいのは、ハワイというものは多文化が共存する文化になった。それを享受する、楽しむ文化である。それぞれが尊重し、共存する文化、それが、ハワイがハワイたる所以。』 最後に、観覧席で話を聞いていたハワイ日本総領事三澤康氏より、2点質問が投げかけられました。 ➀ハワイ、また、アメリカ本土から来る若い方々が、いかにこの日系移民のレガシーについてご存じであるか? ➁もし日本から来る人々が、このレガシーを学びたいということであれば、どうすれば知ることが出来るのか、どのような場があるのか是非教えて欲しい。 ハワイ大学教授のデニス マサアキ オガワ氏の回答としては、 […]

peace22 スペシャル

「平和」を語る上で見逃せないStoryがココに!! ミュージカル”Peace On Your Wings” -ピース・オン・ユア・ウィングス-

2016年(第22回)

今年も「ホノルル フェスティバル」の季節がやってきました。 2016年3月11日(金)~13日(日)の3日間に渡り、ワイキキ・アラモアナを中心に大々的に開催されます。 ワイキキの目抜き通りとなるカラカウア通りの街灯には、 既に数多くの「ホノルル フェスティバル」フラッグが掲げられ、 ハワイの陽光のもと爽やかな風に吹かれ、気持ち良くなびいています。 今年、第22回「ホノルル フェスティバル」のサブテーマは、 “Cultural Harmony, Journey to Peace”。 この”Peace-平和-“を語る上で、誰もが知っておかなければならない感動のストーリーがあります。 それが、”Peace On Your Wings” -ピース・オン・ユア・ウィングス-。 このノンフィクションの物語をご存じでしょうか。   ”Peace On Your Wings” -ピース・オン・ユア・ウィングス- 広島の平和記念公園にある「原爆の子の像」のモデルとなった佐々木禎子。 被爆し白血病を発症、折り鶴に生きる希望を託しながら12才でこの世を去りました。 ピース・オン・ユア・ウィングス(直訳:平和はあなたの翼の上に)は、 この禎子の人生を題材にしています。 原爆の悲惨さ、平和の尊さを叫びつづけた禎子の思いを引き継ぎ、 ハワイの子どもたちが演じる話題のミュージカルです。 今回、第22回ホノルル フェスティバルでのスペシャル公演が実現しました。 ・3月12日(土)11:00-12:00、16:00-17:00 ・3月13日(日)11:00-12:00 期間中、全3回、ハワイコンベンションセンター3F #311で行われます。   ミュージカル練習風景:Ohana Arts-オハナ・アーツ- ここは、ハワイの本願寺ミッションスクール。 ワイキキから人気タウンのカイルア方面へ山越えで向かうパリ・ハイウェイ沿いに位置する学校です。 話題のミュージカル”Peace On Your Wings” -ピース・オン・ユア・ウィングス- を演じるアカデミー「Ohana Arts-オハナ・アーツ-」がこちらで練習をしています。 「Ohana Arts-オハナ・アーツ-」は、Executive & Co-Artistic DirectorのJenny Tairaさんと 舞台監督のCari Tairaさん姉妹のもと、約25名(7歳~16歳)の生徒達で構成されています。 この日の練習は、駅伝のシーン。 サンセット間際の校庭で練習風景を見せてくれました。 彼女が、主人公「佐々木禎子」役のShana Yasunaga(ヤスナガ シェイナ)さん、14歳。 ハワイの空に響き渡るミュージックと子供たちの無邪気な歌声、屈託のない笑顔。 時に力強く躍動感に溢れ、時にやさしく穏やかに。子供達らしい一挙一動が展開されます。 その風景は、そう、あまりに自然で楽しそうで。 演じているのか遊んでいるのかわからなくなるくらい、あまりに自然で楽しそうで。 佐々木貞子さんの楽しかった日常を、まるでリアルタイムで追っかけているような。 カメラのファインダー越しに不思議な錯覚を覚えるくらい惹き込まれます。 友達がいる、仲間がいる。 自分は生きている、という事を感じざるを得ない、いや、本来感じるまでもない 当たり前の喜びを目の当たりにし、噛み締める機会を与えられたような感覚。 あなたなら何を感じ取るでしょうか。   インタビュー (中央左:Jenny、中央右:Cari) ●いつ佐々木貞子さんの存在を知りましたか? Jenny:小学生の時ストーリーを読んだことがあって知っていたの。 また、以前広島に旅行し、広島平和記念資料館にも行った事があり、思い入れもあったわ。 ●この作品を選んだきっかけは? Jenny:若者のストーリーを選びたかった、特にアジアのストーリー。原爆という重いテーマだけど、 友情の大切さや希望を持って生きるというポジティブなストーリーに惹かれたのが一番の理由ね。 ●作品・舞台を通じて伝えたいことは? Jenny:もちろん平和のメッセージ、人生は一期一会であること。 それは仏教の教えにも通じていると思うの。 ●演じていて感じることは?困難なことは? Shana:貞子さんはパワフルでポジティブな考え方を持ち、とても興味深い人物。 そのエネルギーを感じて演じているの。この役を演じられることに今回とても感謝しているわ。 貞子さんの役になりきることが自分にとっては一番難しいこと。 練習場所にきたら、自分の生活を忘れて、ポジティブでハッピーマインドを持った貞子さんになりきるよう努力しているのよ。 練習では役に入り込みとても無邪気に振る舞っていたShanaさんは、 インタビューではとても大人びた印象、早くも未来の大女優としての風格も漂っています。 (練習後:チームワーク抜群のOhana Arts-オハナ・アーツ-メンバー) メンバー全てが、平和への祈りを込めて明るくポジティブに全力で演じます!   お見逃しなく! さあ、今年の「ホノルルフェスティバル」サブテーマとなる”Peace-平和-“、 そして“生きることの大切さ”を最も象徴的に表した今年の目玉とも言える ミュージカルイベント”Peace On Your Wings” -ピース・オン・ユア・ウィングス-は、 ・3月12日(土)11:00-12:00、16:00-17:00 ・3月13日(日)11:00-12:00 ハワイコンベンションセンター3F #311で行われます。 第22回「ホノルルフェスティバル」でのスペシャル公演が実現し、ミュージカルの各シーンよりセレクトした特別内容となります。 […]

nagaoka01 花火

長岡花火

2015年(第21回)

3月8日(日)の夜、3日間に及ぶ”ホノルル フェスティバル”のフィナーレを飾ったは、毎年とても楽しみにしている方も多い日本の『長岡花火』。 ハワイにしては肌寒い夜となったこの日、会場となるワイキキビーチにはグランドパレードから流れ込んだたくさんの観客が、花火が始まる30分以上も前から今か今かと待ちわびていました。 少しでも花火の躍動感を味わおうと、波打ち際ギリギリまでせり出し、空を見上げる方もいらっしゃれば、 各ホテルでは、海に臨む部屋のラナイにたくさんの人が集まり、花火が上がるのを待ち構えていました。 20時30分、大きな打ち上げ音と一筋の光と共に、“平和への祈り”を込めた花火『白菊』(単発花火)で長岡花火は始まりました。 日米共に戦没者への慰霊、日米友好と世界恒久平和への祈りを込めて三発の白菊を夜空に献花しました。 ワイキキの夜空に大きな華が咲き始めました。海では、打ち上げ用の台船が慎重に位置をキープしながら花火を打ち上げていました。 会場には、イヤホンをする観客も多く見られました。 打ち上がる花火に合わせ、ホノルルのFMラジオ局 “Hawaiian105 KINE“が花火に込められた想い・背景を実況。バックミュージックと共に心に残る経験・感動の後押しがなされました。実況を聴く観客は、花火に対する感覚がより引き込まれているようでした。 かつてのハワイ王国の国家、並びにハワイ州の州歌である「ハワイ・ポノイ」に合わせ、 王族の衣装にも使われた赤や金色を使った花火『日米友好の絆』(スターマイン/連射連発花火)が打ち上がり、偉大なるカメハメハ大王を讃えました。 また、新潟県中越地震から10年を経て、長岡の復興のシンボル『フェニックス』(スターマイン/連射連発花火)が飛躍を誓いました。こちらは、平原綾香さんの曲「ジュピター」に乗せて打ち上がり、観客は、大盛り上がりとなりました。 そして、ハワイの美しい風景満載の大ヒットシリーズにちなんで名づけられた『HAWAII FIVE-O』(単発花火連続打ち)が、テーマソングに合わせて大きな華を咲かせました。 ゆったりした間隔で放たれる三箇所からの大玉をメインに、さらには長岡市民が愛する『しだれ柳』の乱れ打ちで観客からは大きな歓声が。会場はさらにヒートアップしていきました。 最後は、『天地人』(スターマイン/連射連発花火)。 ハワイでも大人気、長岡が舞台の大河ドラマ「天地人」の壮大なテーマ曲に合わせたこの花火は、まさに豪華絢爛。 約15分間という短い時間ではありますが、ワイキキの空は、満開の華で明るく彩られました。そしてそれは、今年も多くの方に笑顔と感動を与えました。   会場を後にする観客達は、本当に満足そうに感想を語らい合っていました。 また来年の感動を期待していることでしょう。 「慰霊」「復興」「世界平和」という想いが込められた『長岡花火』。 観ている人々に十分伝わったのではないでしょうか。 2015年は終戦70周年の節目の年でもあります。 今年8月14日・15日、パールハーバーにて行われる長岡市とホノルル市が共同で開催する慰霊と平和の式典にて、フィナーレで『長岡花火』を打ち上げます。 平和を願う心は皆共通です。 人種・民族・世代間を超えた平和にかける想いを形にした「長岡花火」は、今後も長くに渡り継続し、世界に感動の共有を生み出して行くことでしょう。

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グランド・パレード

2015年(第21回)

ホノルル フェスティバル最終日の3月8日(日)、ワイキキの目抜きとなるカラカウア通りで、グランド・パレードが行われました。 ホノルル フェスティバル参加団体の最後の晴れ舞台です。 その雄姿、そしてパフォーマンスを観ようとカラカウア通りの沿道には、世界各国から多くの観客が集まりました。 グランド・パレードは、ワイキキのサラトガロードからスタートしホノルル動物園辺りまで約1.3キロの距離を練り歩きます。 パレードに先立ち、カラカウア通り上4か所に設置されたMCスタンド前ではオープニングパフォーマンスが行われました。 モアナ・サーフライダー・ウェスティン&リゾート前のメインスタンドでは、ホノルル市と姉妹都市になった柏崎市の皆さんによる感動的なコーラス&フラが披露され、目の前のVIPや観客を魅了。 他のMCスタンドでも、アメリカ国歌斉唱、ダンス、三味線など、同時に行われ、見物客を大いに楽しませました。 時刻は、16:30。 軍旗衛兵を皮切りに、ついにグランド・パレードがスタートしました。 そして、ホノルル フェスティバルのバナーを掲げたボランティアの皆さんが続きました。 マーチングバンドやダンス、チャンバラなど次々と繰り広げられるパフォーマンスに、沿道からは大きな声援と激しくシャッター音が響き渡りました。 オリオリウォーカーも普段は行わない連続カーブの運転を繰り広げ、会場を沸かせていました。 聞き慣れた日本の大ヒットソングと共に、今回最も大人数の231人でのパレード参加となる園田学園高等学校の生徒さん達の若さいっぱいのダンスでカラカウア通りは超ハイテンション。 人々に一体感が生まれていました。 続々と続くパフォーマー達は、素敵な笑顔で、力強く、そして優雅に自らの演技を演じ会場を盛り上げ、また、観客はそれを温かく見守っていました。 大きな竜が現れました、さいたま竜神まつり会です。 ワイキキ上空にふわりと浮きあがったその竜神は、時に眼を赤く光らせ、時に沿道の観客に 飛込み、会場に驚きと興奮を届けました。 パレードも終盤に差し掛かり、辺りも夕闇に包まれてきました。 日本伝統の郡上おどりや阿波おどり、そして、風変わりでハワイらしいパイナップル御輿が現れ、大きな掛け声と共に力強いパフォーマンスを繰り広げました。 弘前”ねぷた”がやってきました。 ハワイの地で観る日本の有名まつりは、やはり一味も二味も違います。 夕暮れの中で浮き上がるその柔らかい明かりがなんとも言えずワイキキの雰囲気とマッチしていました。 サプライズパフォーマンスで、秋田市竿燈会が提灯に火を灯し登場。 何十キロもある巨大な竿を腕一本、もしくは額のみで支える驚きのパフォーマンスです。 これには観客も大喜びでした。 約3時間に及ぶグランド・パレードも遂に最後、大トリの大蛇山がやってきました。 200人もの大人数に引かれ、火花を散らし迫力の登場です。 日本の重枝総領事とホノルル州知事であるデービッド・イゲ氏がモアナサーフライダーの前で大蛇山に乗り込むといった嬉しいハプニングもありボルテージは最高潮。多くの歓声と大拍手と共に、最高のクライマックスを迎えました。 パフォーマー達の達成感、観る者達の満足感が合わさり、今年も多くの感動が生まれたことでしょう。 皆の表情が、また来年を楽しみしていることを物語っていました。

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クラフトフェア➁<縁日&盆ダンス(盆おどり)>

2015年(第21回)

3月7日(土)、8日(日)の2日間、ハワイ・コンベンション・センターでは、縁日と盆ダンスが例年と同様に執り行われました。 盆ダンス(盆おどり) 昨年とは異なり、今年はセンター入り口直ぐのMALL LOBBYに”やぐら”が準備され、ひときわ目を引くこの”やぐら”を多くの人が目にし、明るい雰囲気の中盆ダンスを行うことができました。 見ていると、日本人だけでなくいまや海外の方も血が騒ぐ感覚があるようで紅白の幕を見つけた方は、楽しそうに踊りに加わり、日本の”まつり文化”が世界に浸透していることがわかりました。 毎年お世話になっている”IWAKUNI ODORI AIKO KAI(岩国踊り愛好会)”の皆様の先導によって、太鼓と美しいお囃子の音色がホール全体に響き渡ります。それに合わせて世界各国の老若男女がひとつの踊りを一生懸命踊る姿にはとても感慨深いものがあります。その様子は動画でご覧ください。 盆ダンスは1回あたり35分間。7日(土)に2回、8日(日)には1回の実施となりました。 “大東京音頭”をはじめ、数曲の音頭が流され、音頭に合わせて全く知らない振付けでも踊りながら習い、楽しみました。   今回は、毎年お見かけする参加者の方にお話を伺うことができました。 HF:「毎年参加されていますが、あなたにとってこの『盆ダンス』はどんな意味を持つでしょう?」 参加者1:「友人達と一緒に、ここハワイで異文化の普及を援助したい思って参加しています」 参加者2:「私にとっては『盆ダンス』という芸能をハワイでも存続させ、日本人以外のコミュニティーにも(私自身も日本人ではありませんが)日本文化の伝統を継承しながら、盆ダンスの元々の意味である先祖に敬意を表すことを周りにシェアしていきたいと思っています。」 そんな熱い思いで参加してくれていたとは!感激です。来年もどうぞよろしくお願いします。 縁 日 日本の”まつり文化”のひとつ「縁日」。今年も縁日をホノルルフェスティバルで開催することができました。 ハワイ・コンベンション・センター1階ホール奥には、かなり広い縁日ゾーンを設けました。 輪投げや射的、ヨーヨーすくい等、日本人には懐かしい縁日遊びばかり。 子供だけでなく大人も心が躍ります。でもやっぱり子供の勢いには負けますね。 もう夢中で没頭していました。 もちろん、遊びだけでなく縁日には付き物の屋台フードも登場。 日・米・ハワイのいろんな食べ物が並びました。 とてもインパクトのある大きなコーンドッグの中にはアイスが入っていました。 縁日と言えば、綿あめですよね。女の子がとっても嬉しそうに受け取っていました。 アメリカでは定番の空気で膨らました遊具が迎えるカーニバルゾーンも大人気! 訪れたファミリーは皆、幸せそうな笑顔を浮かべていました。 また一つ、家族の思い出が出来ましたね。 また来年をお楽しみに。

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クラフトフェア①<展示・実演・クラフト>

2015年(第21回)

3月7日(土)、8日(日)は、ハワイ・コンベンション・センターで展示・実演・クラフトフェアが大々的に開催されました。 朝10時のオープン前から、会場の外には100mに至ろうかというほどの長蛇の列が出来ていました。 これだけ多くの方々が、毎年このクラフトフェアを待ちわびていらっしゃいます。 開場と共に、たくさんの人々が逸る気持ちを抑えつつ、笑顔を浮かべながらどんどん入場していきました。第21回のコンベンションセンターへの入場者は2日間を通して延べ2万人の来場者となり多くの方に楽しんで頂けたことを嬉しく思います。 センター内には、日本、ハワイ、その他各国から約130にも及ぶ教室や参加団体のブースが設けられ、会場はとても賑やかに。 普段は、ハワイの島内に散らばる特産アイテムも今回ばかりはこのクラフトフェアに勢揃いし、地元や伝統の文化、技術、商品を紹介し、販売などが行われました。 大きなスペースを構える日本の長岡市ブースでは、世界的にも有名な日本酒”久保田”の製造過程の説明や試飲を楽しめたり、フェスティバルのフィナーレで打ち上げられる花火玉の中身を見ることが出来たり、さらには、見事な模様を体に施した本物の鯉が優雅に泳ぎ回り、「まさにクールジャパン!」と訪れた人々を驚かせました。 また、長岡造形大学による風鈴の絵付け体験コーナーなど、ふれあいを楽しむ催しが盛りだくさんでした。 来場者は、各々のスタイルでこのクラフトフェアに訪れ、また、独自の伝統・文化を伝える参加団体のブースでは、優しい笑顔でお出迎えしました。 この「ふれあい」や「体験」こそがクラフトフェアの醍醐味。 フェスティバル内でも特に異文化交流が活発に行われるイベントなのです。 来場者にとって、初めて目にするものもきっと多いでしょう。様々な文化に触れる貴重な機会です。 お互いの距離がぐんと近くなり、世界異文化交流の架け橋となっていることでしょう。 この他にも、数多くの伝統的なアイテムが会場ブース内を埋め尽くし、来場者を楽しませていました。 今回のふれあい・異文化交流を経験し、人生に変化が生まれた方も少なくないはずです。 互いに思いやりの心が育つ場となる事、心の成長を促す事もホノルル フェスティバルの目的のひとつなのです。 フェスティバルを通じて、今後も地域貢献と共に、数多くの人々に異国との触れ合いの場を提供し続けて参ります。

symposium03 シンポジウム

シンポジウム『ハワイにおける今後のエコツーリズムのあり方』

2015年(第21回)

3月7日(土)13:30~16:00、ハワイ・コンベンション・センター3階では、『ハワイにおける今後のエコツーリズムのあり方』と題しシンポジウムが行われました。ホノルルフェスティバルは昨年第20回の節目の年を終え、次の20年を「交流文化」「教育」「環境」の3つのテーマとして新たな歴史をつくっていくことを宣言し、その「環境」のテーマから、今回は日本市場を見据えた取り組みを考えます。 シンポジウムは2部構成になっており、まず【セッションⅠ】では、日本エコツーリズム協会理事で観光庁認定『観光カリスマ』でもある山田桂一郎氏、またハワイアン・レガシー・ハードウッズ社代表で、ハワイエコツーリズム協会 2014 Eco-tour Operator of the yearを受賞したジェフェリー・ダンスター氏による、”エコツーリズムの概念”についての基調講演が行われました。 そして【セッションⅡ】は、パネルディスカッションです。 会場には、ハワイで活躍する企業代表者をはじめ、多くのエコツーリズムに関心のある方々が集まりました。 【セッションⅠ】”エコツーリズムの概念”についての基調講演 エコツーリズムとは、自然環境の他、文化・歴史等を観光の対象としながら、その持続可能性を考慮するツーリズム(旅行、リクリエーションのあり方)のことです。 エコツーリズムは、まだ全てが新しく、若く、歴史の浅い状態です。 今回ジェフェリー氏は、木の保全、森林の保全がエコツーリズムに結びついていけば、という視点でお話をされました。 まず、1978年~2012年にかけての興味深い世界産業指標の話として、 ・25日ごとに、ハワイ島の大きさ程の森林地がなくなっている。 ・熱帯広葉樹の需要は4年ごとに2倍になっている。 ・現在、再植されているのは広葉樹需要のたった2%以下。 と、森林環境において危機感を感じざるを得ない状況を伝えました。 国連調査によると、2023年までに保護されていない熱帯広葉樹は全て無くなってしまうだろうと言われています。 あわせてハワイの産業指標ですが、 ・コアの木は世界で最も価値のあるハワイ固有の木であり、地球上の他の場所では育たない。 ・ここ10年だけでも価値は1,000倍に増加。 ・コアの木の森は、たった10%しか残っていない。 という説明がなされました。 そこで、エコツーリズムを推進するために、「森の誕生」を提言しています。 写真の男性は、手の中に森そのものを持っていると言っても良いでしょう。 現在、レガシー社は、元々カメハメハ大王(王族)の所有地(牧場)で全て雨水を使用した自然の森林再建を進めています。こちらのレガシーツリー(コアの木)は非常に成長が早く約4年で森林と呼べるような規模まで成長します。そして、ハワイの地特有の鳥や昆虫が生息し始め、独自の環境が生まれていきます。 数値的観点で述べますと、1本のコアの木の生涯で、$31,250分の酸素を作り出し、$62,000分の大気汚染対策が出来、$37,500分の水を再生し、$31,250分の土壌侵食を管理します。 1本のレガシーの木は家族4人が1週間ハワイで休暇を過ごすのと同等の炭素を吸収してくれ、2本で家族4人が1年間必要な酸素を作り出すことが出来るのです。 ジェフェリー氏は、エコツーリズムに携わるツーリストの方たちに、ただ見て喜ぶだけではなく、その一部となって一緒にこの森を守るということに参加していただきたいと気持ちを述べました。 続いて、和歌山大学の生徒さんによるプレゼンテーションも行われ、自らが学んできたエコツーリズムの考え方、また、今後ハワイエコツーリズムは、自然、文化、歴史を融合させることが重要だという独自の考え方を専門家達へ投げかけました。 今後の世界を担っていく頼もしい若者の姿に、関係者たちは賛美の温かい拍手を送りました。   【セッションⅡ】パネルディスカッション:テーマ「持続的なエコツーリズムの実践事例から」 パネルディスカッションに移ると、ハワイエコツーリズム協会アドバイザー並びにハワイ大学教授のリンダ・コックス氏、クアロア牧場代表のジョン・モーガン氏、ハワイ州観光局次長のミツエ・ヴァーレイ氏、和歌山大学教授の竹林浩志氏、出口竜也氏、此松昌彦氏らパネラーが会場前方ステージに登壇し、それぞれの意見を述べました。 その中で、和歌山大学教授竹林氏は、エコツーリズムの重要性について独自の戦略論の観点から以下のように語りました。 「戦略的な観点で物事を考える時、先々のことを考えて行かねばならない。 戦略論はいわゆる”模倣(真似)”であり、いろんな場所で真似が真似を生んで突き詰めていくと、標準化する。標準化が進むと遠くに行く必要が無くなり、近場で安いところを求めるようになる。そこで客取りが競争化すると、標準が低下し自らの首を絞める形となる。 エコツーリズムは、各地域の独自性を突き詰めていくため、全然違うものが出来てくる。 非常に小さな範囲で、独占のような状態が作れる。そこでなくてはならない、という状況です。 そうすればそこにくる意味というものがしっかりと創り上げられるわけです。 それは、やはり文化とも言えますが、その地でどんな生活が行われているか、どのような生活を伝えていくかでその地域のエコツーリズムを成り立たせて行けるはずです。」 その後も、パネラーの方々から各々の専門的観点からエコツーリズムへの取り組み手段について語られました。 最後は、山田桂一郎氏が今回のシンポジウムにおける成果として、参加頂いた方々の”シェア”が一番大事だと述べ、エコツーリズムの取り組みにおいてはハワイの波“WAVE”という言葉を用い、素晴らしいまとめをしてくれました。 W: Will (強い意思のもと) A: Action(行動を起こし) V: Vision(明確なビジョンを持って) E: Enjoy(楽しむ) 本日は、この”WAVE”を是非、共有してほしいと語られました。 まさに、その通りでしょう。 エコツーリズムに関するシンポジウムは、今回限りではありません。 今後も何度も何度もシンポジウムを開催し、エコツーリズムへの賛同者、日本からの交流者が増えることを目的とし、ハワイの、しいては世界の保全に取り組んでいくのです。

movie03 映画

映画上映会

2015年(第21回)

3月7日(土)~3月8日(日)の2日間、ハワイ・コンベンション・センター3階にて在ホノルル日本国総領事館/ホノルル フェスティバル財団共催の映画上映会が行われました。 今回上映された作品は、 ・札幌国際短編映画祭 スペシャルムービー 多数 ・超高速!参勤交代 ・札幌国際短編映画祭 スペシャルムービー for Kids 多数 ・言の葉の庭 ・さかなかみ ・Go for Broke~ハワイ日系二世の記憶~ の豪華ラインナップ。いずれも入場無料で楽しめるとあって、おとなからこどもまで、2日間でトータル2030人のお客様で賑わいました。 映画上映会初日には、札幌国際短編映画祭の「夕泣き」で女優を務めたSoraさんを迎え、舞台挨拶がおこなれました。 北海道の小樽を舞台に撮影されたこちらの映画は、あるラジオパーソナリティーや保険の営業マン、モデルを目指す少女の上手く行かない一日の心情と未来への希望を描いた作品です。 透明感のある、そして郷愁を漂わせるような銀幕の綺麗な色使いは、中鉢監督のこだわり。 Soraさんは、カット割りや”間”、”音”をとても大事にして制作に取り組んでいたと語ります。 また、予算が無く、当初はマイクも無かったため、監督に泣いて頼んで買ってもらったことや押し入れで布団をかぶってレコーディングをしたことなどの苦労話を語ってくれました。 今回、ハワイでの上映をとても嬉しく思うと共に、北海道とハワイが同じ島同士のため、親しみを感じているそうです。 映画を見て感じ取るものは人それぞれ。でも、人種・民族が異なっていても人間の日常の憂鬱や苦悩、幸せは皆同じように感じるものだし、たとえ国や人種が違っても元気をもらいたいと思う気持ちは一緒なはず。人間は皆同じなんだよ。ということが伝えられるといいな、と話していました。 異文化交流を目的とするホノルル フェスティバルにピッタリの上映作品です。 また、東日本大震災復興支援の意味を込めて上映された「超高速!参勤交代」は福島を舞台にしたサムライ映画。 1年にわたる江戸への参勤を終え、莫大な費用と人数、日数をかけて故郷の磐城国に帰ってきた湯長屋藩藩士達。帰藩直後にも関わらず、濡れ衣を着せられ、たった5日以内での再度の江戸への参勤を命ぜられたのでした。 無理難題の参勤交代を奇想天外なアイデアで実行し、また、コミカルな動きを繰り広げるサムライの姿に、海外の見物客は大ウケ!会場には何度も笑いが響き渡りました。 初日は立ち見が50名以上も出るという人気ぶりを見せ、その他の映画上映でも席は満員御礼でした。 さらに、「夕泣き」で女優を務め、絵本作家でもあるSoraさんは、ハワイの子供たちに向けて絵本の読み聞かせ”しろくまくん&くろくまくん in Hawaii 「ハワイーリラックスの旅―」”の特別イベントを実施しました。 主人公のしろくまくん&くろくまくんが、ゆるくやさしいハワイを旅する可愛らしい絵本に子供たちは釘づけです。シェイブアイスが登場するシーンでは、「美味しそう!」と声を上げる子供も。会場は一体感のある空気に包まれました。 映画や絵本は、世界共通の娯楽でもあります。 映像や音楽、デザイン等、言葉の壁を気にせずに感覚に訴えかける手法もまた、異文化交流に欠かせないものかもしれません。 上映に多大なご協力を頂いた在ホノルル日本国総領事館に感謝し、来年以降も素敵な作品を「交流文化」の視点からご用意できればと思います。 お楽しみに。

pa01 ステージ

ステージ・パフォーマンス

2015年(第21回)

3月7日(土)、8日(日)の2日間、ホノルル フェスティバル参加団体による迫力のステージ・パフォーマンスが行われました。 日本やハワイ、さらにはオーストラリア、韓国、台湾、アラスカなど環太平洋地域に広がる各国の方々が集まりました。 会場は、ハワイ・コンベンション・センターの”お祭り広場ステージ” 並びに ”ふれあいステージ”、アラモアナ・センターの中心に位置する”センターステージ”、そして”ワイキキ・ビーチ・ウォーク”の4ヵ所で行われました。 各会場では多くの観客が足を止め、パフォーマンスを楽しんでいました。 アクティブでスピーディーなヒップホップダンスから優雅なフラ、伝統的な民族ダンス、 軽快なバトンやウクレレ、美しい歌声、そのパフォーマンスは多種多様。 自分たちの出番を次に控え、ステージ裏で待機するパフォーマー達のその顔には、緊張からか期待と不安が入り混じった表情が垣間見えました。 しかし、ひとたびステージに上がると、不安の色は掻き消え、元気な姿を見せてくれました。 多くの人を楽しませるため、そして自分自身の成長、仲間たちとの絆を深めるために一生懸命練習してきたパフォーマンスを一心不乱に披露してくれました。 その気持ちは、もちろん会場に集まった観客にも伝わりました。 飛び入りでパフォーマンスに加わり、異文化交流を楽しんでいました。 繰り広げられる各国のパフォーマンスを眺めていると、その国の文化・生活が見えてくるとともに、 まるでハワイの地に世界が集結したような錯覚にも陥りました。 「秋田市竿燈会」が11年ぶりに登場しました。 巨大な竿燈をバランスよく掲げ続ける技術と迫力に観客は大興奮! コンベンションセンター「お祭りひろば」でのパフォーマンスでは、竿鐙を高くしすぎて崩れてしまったハプニングもありました。 そして、今回初参加の「北摂チアリーディングクラブ DEARS」は、7歳~13歳までのグループ。 小さいながらも勢いとスピードのある力強い演技、そして、”We Love Hawaii” “ALOHA”などのボンボンを使った文字表現で会場を沸かせました! 物怖じしない英語でのスピーチがとても可愛らしく印象的でした。 その他にも、子供たちによるダンスパフォーマンスは元気いっぱい! 嬉しくも多くの若い世代が、このホノルル フェスティバルのパフォーマンスに取り組むことにより、 早くから世界との異文化交流が生まれているに違いありません。 異国の子供たちを目の当たりにするハワイの住民にとっても、良い刺激が生まれていることでしょう。 ホノルル フェスティバルは、このような経験の場を提供することにより、地域活性、教育という部分に貢献しているのです。 華やかな衣装に身を包み、綺麗に揃った華麗な動きを見せる「よさ恋人」の踊りも圧巻のパフォーマンスを披露しました。 各世代が繰り広げるパフォーマンスを互いに見て応援し合うことで、 それぞれに無い部分を学び、分かち合うこともでき、世代間の格差も埋めていけるものでしょう。 ステージ・パフォーマンス参加の素晴らしい部分は、 たとえ違った表現の形であれ、今までの努力とパフォーマンスをやり遂げた達成感や ホノルルフェスティバル内においてステージ・パフォーマンスというイベントを共に成功に導いたという仲間意識を他の団体と共に持てること、そして、それを観た観客やサポーターとも同じ感動を共有できることにあります。 今後もまた新しい多くの感動が生まれることを願いつつ、来年へのチャレンジが始まります。